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軍師になりたい、知将になりたい。 無謀にも彼らにあこがれる者の研鑽を綴るブログ。
20 . September
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28 . July
昨日は、故あって一日中世界史を受けてきました。
私が選択している世界史は、遅れがちになってしまうため、その分挽回するためです。

そして内容が、ほとんどと言っていいほど中国史。
それも、私が大得意(?)とするところで…………
黄河文明から始めて、殷・周~~春秋~~戦国~~秦~~漢~~黄巾の乱あたりまでやりました。

時間の関係上、細かいエピソードなどはいちいち説明していられないほどだったのですが、
私はもう単語を聞くだけで脳裏にありありと浮かんでくる物が…

例えば
屈原→楚王に仕えた悲劇の詩人→「我独り清めり」の話→汨羅で入水自殺→粽の由来となる→光秀が粽を……(以下略)


とこんな感じです。

屈原は楚の未来を嘆いて入水自殺してしまうのですが、そのときの漁夫との話が屈原の悲壮さをより一層際だたせます。
水を見ながら屈原が
「世の中は濁っていて、大衆はみな酔っぱらっているようだ。私だけが清く、醒めている。だから追放されてしまったのだ。皆と一緒に酔い、濁った世と同じくするようなことは、私にはできない。いっそ身を投げて、魚の餌になってしまった方がましだ。」
という屈原に、漁夫は
「世の中が濁っているなら、一緒に汚れれば良いじゃないですか。皆が酔っているなら、貴方も一緒に酔っぱらえば良いじゃないですか。」
と言う。
その後漁夫は船で漕ぎ去ってしまい、屈原も死んでしまった…

屈原の体が、魚に食べられないように、と笹の葉で御飯を巻いた物を川に投げ入れたのが粽の始まり。
屈原の命日が五月五日だったと言うことで、端午の節句になりました。
そしてその粽を、謀反の直前に皮ごと食べてしまったのが光秀 と。

因みに郭嘉が主人公の小説「我独り清めり」は読んだことありません。面白そうだけどレビューを見ると……?


春秋・戦国時代は宮城谷節が頭の中に蘇るようである。
最近は「王家の風日」を読んでしまったせいか殷とか周にも感慨深さが…
伯夷・叔斉の話もちょっとしか触れられなかったなあ……

しかし、こうやって一挙に歴史を進めていくと、やっぱり後世にどうやって名を残すのかって重要だな~と思います。

屈原のように結局楚の衰退を止められなくとも、誇り高い逸話で名を残せる人もいれば、
いくら血筋は良くてもバカ殿だのボンクラ君主だの言われている王や皇帝だってたくさんいるからなあ……

歴史に名を残すことの難しさを改めて実感。
と共に、今の政治家とかの名前ってあと千年たっても答えられる人はいるのかなあという疑問が。
テストに出たりするのだろうか。なんかあんまいいエピソードとかない気がする。
まあ、人類が滅亡してなければの話ですけど……
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